天安門事件の死者は1万人

 1989年に北京(中国)の天安門広場で民主化運動を軍が武力で弾圧した、いわゆる「天安門事件」について、1万人以上が殺害されたとするイギリスの公文書が公開されました。

 天安門事件と言うのは、1989年の6月4日、共産党政府に民主化を要求して天安門広場へ集まった学生を中心とする一般市民に対して、人民解放軍が無差別に銃撃を加え、戦車や装甲車でひき殺すなどの行為で多数の死者を出した事件で、6月4日に起きたことから六四天安門事件とも呼ばれますす。中国政府は徹底的な情報統制で事件を隠蔽、現在も同国のインターネットでは、天安門事件についての情報は一切検索できず、書籍の出版等も、この事件について語る事自体を許していません。

 今回公開されたイギリスの公文書以外でも、最近になって機密解除されたアメリカの文書でも死者を10454人としています。

 事件当時、北京市長は死者の数を約200人、負傷者数を約3000人と証言していましたが、実際には50倍以上の死者が出ていたことになります。